特集 「Ann Cattanach先生から学び続ける」

2007年夏の第1回海外講師招聘プログラムにいらしてくださったアン・カタナック先生が、 2009年11月6日にお亡くなりになりました。 世界中の方から、本当に惜しまれる出来事でした。

先生は、イギリスのWroxton Study Groupで、JAPT理事の大野木嗣子先生による 「日本のプレイセラピーの現状」を伝えるレポートをお聴きになり、 日本でのプレイセラピー訓練機会の少なさや、学びたいという人々の動機の高さをお知りになり、 日本にいらしてくださるアイデアを私達にご提示くださいました。

その先生のアイデアが発端となり、私達は小さいながらもチームを結成し、 多くの人々に呼びかけ、支持をいただきながら、 日本のプレイセラピストや訓練を求める人々に出会う研修シリーズを始めることとなりました。 カタナック先生のその類まれなる熱意を思うと、本当に感謝の気持ちでいっぱいになります。

カタナック先生は、来日時、非常に熱意のある、そしてユーモアとやさしさ、 そして存在感にあふれたご講演・ワークショップをしてくださり、 参加された人々に与えた刺激や影響は多大なものがありました。 また、先生も、日本のプレイセラピストたちの資質や熱意に非常に感銘を受けられ、 日本での研修を再び行ってくださることを約束してくださり、 当協会の顧問になってくださって継続的に私たちの力になり続けてくださっていました。 そして、多くの皆さんが、近い将来、必ずまた先生に来ていただきたいと願っていました。 先生の再度の来日をお知らせすることかなわず、ご訃報をお知らせすることになり、 私達も悲しさとさびしさでいっぱいです。

今、あらためて、先生が私達に与えてくださったものの大きさ、 そして先生に一度でも出会うことができたことの幸運に感謝しています。 皆さんとの間に、これからも先生の精神や教えを残し育て続け、 先生と出会い続けていきたいと思っています。

そのような願いをこめて、特集として、少しずつではありますが、 先生が私達に与えてくださったものを共有し、 新たに発見していく試みをしていきたいと考えています。 先生がお亡くなりになったことを惜しむ、先生を愛していらっしゃるご家族の皆様、 そして世界中のプレイセラピストたちにもお読みいただけるように 英語と日本語の両方での内容掲載とさせていただきます。
(代表 湯野貴子)


【アン・カタナック先生 Ann Cattanach, MSc, Ph.D.】
プレイセラピー研究により博士号取得。スコットランドにて開業。 スコットランドの他、イギリス、マレーシア、シンガポール、 オランダなどでもプレイセラピーやサイコドラマの講演を行う。 イギリスプレイセラピスト協会正会員。ヨーク大学客員講師。 ローハンプトン大学プレイセラピーコース・大学院創設者、UKハイランド他海外における 児童ケアコンサルタントセラピスト、日本プレイセラピー協会顧問。 2007年に日本プレイセラピー協会夏プログラムに講師に来ていただきました。 Introduction to Play Therapy(Brunner-Routledge, 2003)、 Narrative Approaches in Play with Children (Jessica Kingsley Publishers, 2007) をはじめ、優れた著書多数。

Ann Cattanach先生へのお言葉

2007年夏に行われました、アン・カタナック先生のワークショップにご参加いただいた皆さまが、 先生のご訃報に接し、先生との出会いで感じられた大事な想いを共有してくださいました。

金曜日の夜に久しぶりに夢を見たのです。夢の中でのアン先生は、紺色のワンピースを着て、「さぁ今日はこれで仕事は終わりよ、飲みに行きましょう!」と 茶目っ気たっぷりに言っておられました。JAPTのワークショップの最終日に、ホテル・フロラシオンの会場で私が見たアン先生の最後のシーンだったと思うので、実はもしかしたら...と 思っていました。予感が当たってしまったことは、とてもとても悲しいですが、この夢のように私にとってのアン先生は、私の心の中でいつもやさしくたくましく 私を支えてくださっていることを改めて思いました。悲しいですが、アン先生という方にお会いできたことと、感謝の気持ちも 再び溢れています。
あんクリニック 久保千晶

アン先生 アン先生は、私が初めて出会った本物の“魔女”でした。臨床家としてはもちろんのこと、1人の人として、「この人の中はどうなっているんだろう?」と強く関心を引かれました。深くて広くて面白くて、ちょっと不気味で、 でも安心できる不思議な感じ。カチーン!と鋭い眼光の奥で、でも先生は優しく笑って見てくださっていましたね。先生のnarrative therapyはだから、きっと宇宙みたいな夢みたいな特別な時空間を生きる感じなんだろうと思っています。 そうできた子どもたちがとても羨ましいし、私もそうできる臨床家になりたいです。1度しかお会いできませんでしたが、この1度を大事にします。ずっと大切に持ち続けていきます。天国でもお幸せに過ごしてください。どうもありがとうございました。
追伸: 私も妖精に会ってみたいので、もし可能であれば先生が妖精にお会いしたときに私のところに来てくれるよう頼んでください。
寺沢由布

時折、アン・カタナック先生のことを思い出していたのですが、私の中では、先生はいつもスコットランドの片田舎を、車で走っている姿で登場します。もちろん車には、遊具とカーペットを積ん でいます。そしてクライエントのいる家のドアをノックして・・・。天国でもそうしていらっしゃるでしょうか。先生の講義を受けて、プレイセラピストの強さと優しさを学びました。虐待を受けた子どもたちに対するプレイセラピーには、子どもたちが打ちの めされるような体験をしてもなお生きのびようとする力を見出せるように、プレイセラピストも毅然とした強さが必要だと思いました。優しさについてですが、子どもたちの悲しみや辛さを察し、それを包み込む度量が深くて、驚嘆しました。
清田真由美

Ann Cattanach先生のご著書

アンカタナック先生による主なご著書をご紹介いたします。ここに挙げたご著書以外にも、 先生にはプレイセラピーやアートセラピーに関する重要な本への寄稿が多くあります。 私たちは、先生のご著書をひもとくとき、自分の臨床の経験に応じて、 その時々必要なことを先生から新たに学び続けることがきっとできると思います。
アン先生のご著書を最も多く出版されてこられた、先生ととても関係の深い英国の出版社、 Jessica Kingsley Publishersによるメッセージをここにご紹介いたします。 日本の読者のために掲載を許可してくださったJessica Kingsley に感謝いたします。
【 Jessica Kingsley出版によるメッセージ】
Jessica Kinglsey出版(JKP)がはじめてアン・カタナックの著書を出版したのは90年代の初めです。 その頃には、彼女はすでに著名なプレイ・セラピストであり、 虐待を経験した子どもたちを助けることのできる自分自身の力にも自信を持ち、 自分の持っているスキルを人に伝えたいとも考えていました。 1993年に出版されたPlay Therapy with Abused Childrenは、読む人の心を深く揺り動かす本で、 この本の出版にかかわったJKPの全ての人に多大な影響を与えました。 興味本位なところは皆無でありながら、虐待を受けた子どもの生きた経験の中に読者を導き、 子どもに手を差し伸べ、癒しと回復の手助けとなる賢明な道を専門家に指し示しました。 わたしが彼女に、これほど負担の大きい仕事になぜ耐えられるのか、 どうやってこれほどの痛みを抱えられるのか、と尋ねたとき、彼女はただ笑って自分を指差し、 こう言いました、「食べるのよ。(I eat.)」
このような本を出版した経験、そして、こうした著者の存在は、 間違いなくその後のJKPが進んだ方向性を決める重要な鍵となりました。 それは、この出版社の目的が「影響をおよぼす本」を出版することであり、 常にそうした本を出版することに焦点を当てていく、という方向性でした。 その後に出版されたアンの本は間違いなく大きな影響をおよぼし、 JKPで彼女と仕事をした人たちも彼女から学び続けました。 彼女の著書は、賢明で繊細であるだけでなく、知的にも綿密で、 読者に多くを求めました - それは内容を理解する上で、ということではなく、 勇気と高潔さを持つという点においてでした。彼女がそれまでの全てを博士課程を通じて結実させ、 この分野に多大な貢献をした人物として正しく評価されたことは、わたしにとっても大きな喜びでした。 彼女が亡くなったことは、本当に惜しまれます。
ジェシカ・キングスレー
2009年11月

1993, Play Therapy with Abused Children (2008 second edition), UK, Jessica Kingsley Publishers
1994, Play Therapy : Where the Sky Meets the Under World, UK, Jessica Kingsley Publishers
1997, Children’s Stories in Play Therapy, UK, Jessica Kingsley Publishers
1999, Process in the Arts Therapies, UK, Jessica Kingsley Publishers
2002, The Story So Far: Play Therapy Narratives, UK, Jessica Kingsley Publishers
2003, Introduction to Play Therapy, New York, Brunner-Routledge
2006, Storywater, UK, Grosvenor House Publishing Limited
2007, Malpas the Dragon, UK, Jessica Kingsley Publishers
2007, Narrative Approaches in Play with Children, UK, Jessica Kingsley Publishers
2009, Play as Therapy: Assessment and Therapeutic Introductions (forwared by Ann Cattanach), UK, Jessica Kingsley Publishers

Ann Cattanach先生のご講演

2007年7月28日 子育て支援講座「遊びの力-子どもを理解するということ」  日本プレイセラピー協会(JAPT)が主催する海外講師を招いた一連のプログラムの最初の年のまさに初日の催しが本講座であり、受講者は100名を少し越えるほどに盛況でした(会場:東京ウィメンズプラザ ホール 受講者113名)。日本に暮らし、子どもを育てたり、子どもを育てている人を支援したりするものとして、それぞれが参加しながら聴くという会になりました。  アン・カタナック先生に椅子をご用意させていただこうと申し出ましたが、先生は「立ったまま話したい、椅子はいらない」とおっしゃってその通りに実行されました。受講者のお一人おひとりに、一分一秒でも惜しむかのように、全力を注いでお話くださいました。「良い家庭を育み、良い子を育て、そして良い社会をつくる」という先生の信念に基づいて、事例の紹介やワークによって体験的で心に残る時間となりました。  カタナック先生がフロアーに紹介してくださった体験的なワークには例えば次のようなものがありました。

鳥だったら、どんな鳥になりたいかな?   
花だったら、どんな花になりたいかな?   
動物だったら、どんな動物だと思う?   
色だったら、どんな色?   
木だとしたら?   
果物なら?   
魚なら?   
野菜なら?   
車なら、どんな車かな?   
どんな家かな?   
どんな音楽が自分かな?

「実際に今ここで二人組を作ってみよう。なんでそれなのか、その理由も併せながら、お互いの世界を共有してみよう」と先生はおっしゃいました。  フロアーはびっくりしながらも、先生の提案する課題に取り組んでみました。先生の「親も子も一緒に行うことが大切。きっと発見とおもしろさを体験することができるでしょう」との言葉通り、すぐにフロアーに活気が生まれました。ある方は「遊びをとりいれた説明に、とても楽しく受けることができました」と感想を述べていました。  
ところで、私たちがカタナック先生にお話いただきたいこととして事前にお願いいたしましたことは次のようなことでした。「現在の日本は社会状況が以前よりも複雑で難しくなっており、子育てをする親も、子育てを支援する人々も、どちらもたいへんな戸惑いをもっています。どのようなことが本質的なことなのでしょうか。どのようなことを胸において、子育てをしていったらよいのでしょうか、あるいは子育て支援を行っていったらよいのでしょうか。そのヒントをいただきたいとの思いです」  カタナック先生は「私はイギリスやアイルランドなどたくさんの国の支援にかかわってきましたが、その文化にあったものが必要です。私のお話が日本のみなさんの文化にあっているかを見極めることはとても大事なことです」という意味のことをお答えくださいました。相手の背負っている人生や文化に常に想像力をめぐらせることが、伝える側や育てる側にとって大切であるということを教えてくださいました。それだけでなく、聴く側や受けとめる側もただ受身的に鵜呑みにして良いものを取り入れようとするのではなく、自分や自分たちのたどってきた人生や文化的背景を踏まえ、自分や自分たちに意味のあるものであるのかを吟味しつつ主体性をもって聴くということの大切さも同時にお伝えくださっていると感じました。  
カタナック先生の当日のお話の中に、麻薬に溺れている親の登場するイギリスでの事例や、性的な虐待の被害に遭っている子どもの事例についての紹介がありました。そのような深刻な現実にびっくりしつつも、「子どもの想像の世界に大人やセラピストがいることが大事であると感じた」「事例の話がたくさん聴けて興味深かった」「子どもの遊びのコンテクストを無理に現実につなげないことがわかった」など、聴講者はそれぞれに刺激やヒントを受けていらっしゃいました。  
“子どもの遊びのコンテクストを無理に現実につなげないことがわかった”と感想を挙げてくださった方がありますように、カタナック先生は、子どもの遊びの世界をむやみにその子の厳しい現実体験と結びつけることは致しません。なんらかの被害を受けた子どもの心には、辛くまた混乱の伴う、直接的には意識化しがたい過去があります。安心をもたらす大人が見守ったりかかわったりすることによって、過去の辛く混乱の伴う気持ちを、遊びやファンタジーによって子どもは表現する機会を得ます。その過程において、子どもは自らの過去の物語を受け止めたり整理したりしようとします。さらに大人が「自分の人生を自分で決めることができるのよ」と子どもが現実をしっかり選んでいけるようにも勇気付けることによって、ファンタジーと現実をむやみに大人がつなげようとしなくとも、傷ついた子どもたちのこのままずっと閉じてしまうかもしれなかった時間が、再び未来へ向けて動き始める、ということをカタナック先生は私たちに伝えてくれました。  
本当に一人の人としてここまでできるのだろうかと不思議なくらいたくさんの意味のあるご経験をなさっていらしたアン・カタナック先生が、そのご経験や叡智のすべてを一つの種に濃縮して、私たち一人ひとりに植えていってくださったのだと思います。先生とお別れをして数年を経た今でも、その日の参加者同士が会うと、「あのときアン先生が、子育て講座でこんなワークしたよね、そしてこんなお話してくれたよね」と誰からともなく話題にすることがたびたびあります。「こないだ子どもと接っしていたときに、カタナック先生がおっしゃったことの意味が、急にわかったんだ」ということも私たちには本当によくあります。このような体験は不思議としか言いようがありません。忘れてはならないのは、傷ついた子どもの心も、このように信念と知恵を持った大人があきらめずに接することで、もしかしたらその子に将来芽が出るかもしれない種を渡せるかもしれない、ということです。カタナック先生と過ごした時間はわずかでしたが、学びが本当に深かったです。
日本プレイセラピー協会
葛生聡

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